学習塾の塾長が金融教育を始めた理由|教育者として感じたお金の話の大切さ

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こんにちは、HORI塾+(ホリジュクプラス)塾長の堀です。

今回は、私がなぜ金融教育なのかと考えるようになった原点と、一般的な学習塾から金融教育へ軸足を移すまでの歩みを、自分自身の体験をもとにお話しします。

これは単なるきれいごとではありません。現場で感じた強い違和感と、自分自身の失敗、そして必死の学び直しから生まれた——HORI塾+を立ち上げた本当の背景をお伝えします。

学習塾時代に感じた違和感からのスタート

私が金融教育を志した原点は、かつて一般的な学習塾で講師をしていた頃まで遡ります。

「点数を上げること」が正義だと思っていた時代

当時は、テストの点数を1点でも上げ、志望校に合格させることこそが、塾講師としての最大の使命だと信じて疑いませんでした。

毎日、公式や英単語を効率よく教え込み、一人でも多くの生徒の偏差値を上げることに没頭する。それが、その子の幸せに直結していると信じていたのです。

生徒からの「数学なんて将来使わないのに…」という本音

そんなある日、一人の生徒からこんな質問をされました。

「先生、微分積分なんて将来使わないのに、なんでこんなに必死に勉強しなきゃいけないの?」

私はその問いに、論理的な思考力が身につくからだよといった、大人としての建前でしか答えられなかったのです。その時の生徒の冷めた視線は、今でも私の胸に深く突き刺さっています。

「社会に出て本当に必要な力」への自問自答

偏差値の高い大学へ行き、安定した大企業に就職する。それは確かに、一つの成功のカタチかもしれません。

しかし、たとえ高学歴であっても、お金の扱いに困り、働き方に悩み、人生の選択肢を狭めてしまっている大人は現実にたくさんいます。

学校の勉強の先に、本当に幸せに生きるための知恵はあるのか——この強い違和感が、私を新しい道へと突き動かし始めました。

自分自身のお金の失敗が突きつけた現実

偉そうに金融教育を語っている私ですが、実を言うと、過去には思い出すだけで恥ずかしくなるような、大きなお金の失敗を何度も繰り返してきました。

大学生の頃、「楽に稼げる」という甘い誘いに乗ってしまった

大学生になり、少しばかりの自由なお金と好奇心を持っていた頃、SNSで見かけたスマホ一台で月収100万・自由なライフスタイルといったキラキラした言葉に、すっかり心を奪われてしまいました。

当時の私は「自分は少しは賢いほうだ」という変な自信があり、これなら自分も成功できるはずだと根拠もなく信じ込んでしまったのです。

高額な教材や「紹介すれば稼げる」という話で、大金を失う

中身の薄い高額なブログ教材を買わされたり、人を紹介すれば報酬が入るという、今思えば典型的な怪しいビジネスに手を出したりしました。

結果、学生にとっては大金である数十万円を失い、残ったのは空っぽの財布と、なんてバカだったんだという自分への深い失望感だけでした。

「勉強ができても、お金のことは全然わかっていなかった」と痛感

学校の成績が良くても、お金の守り方や見極め方は全くの別物でした。世の中の仕組みを知らないまま社会に出ることの恐ろしさを、身をもって体験したのです。

自分と同じような失敗を、これから社会に出る子どもたちには絶対にさせたくない——この時の情けなくも痛い経験が、今の私の活動を動かす一番大きなエンジンになっています。

必死の学び直しでたどり着いた「金融教育」という答え

自分はあまりにも無知だったという反省から、私は金融や経済の勉強を始めました。誰かに教えるためではなく、まずは自分自身のための学び直しでした。

FP(ファイナンシャルプランナー)の勉強からスタート

まずは家計や税金、保険、資産運用といった社会のルールを一から順序立てて学ぶため、FPの資格取得用問題集を購入し、学び直しをスタートしました。

そこで初めて、これまで自分がどれほど曖昧(あいまい)な知識で生きてきたかを思い知らされることになったのです。

数百冊の本を読み、お金と社会のつながりを学ぶ

FPの勉強だけでは足りず、経済の本や投資の古典、成功した起業家の自伝など、数百冊の本を読み漁りました。

さまざまな書籍から知識を吸収する中で、バラバラだった知識のピースがつながり、ようやく世の中のお金がどう動いているのかという全体像が見えてきました。

「社会に出て一番必要なのは、お金の知恵だ」と確信する

膨大な勉強を経てたどり着いた答えは、とてもシンプルなものでした。

どんなに良い学校に行っても、どんなに一生懸命働いても、お金の知恵がなければ現代社会を豊かに生き抜くことは難しい。

教育の現場に足りなかった最後のピースは、金融教育なのだと確信した瞬間でした。

日本の「金融教育の遅れ」への危機感

学べば学ぶほど、日本の教育現場が抱える深刻な問題が浮き彫りになってきました。

武器を持たずに「経済という戦場」へ送り出される子どもたち

アメリカやイギリスなどでは、学校教育の段階でパーソナルファイナンス(個人の家計管理や投資)を学ぶ機会が当たり前に存在します。ニューヨーク州では、社会科の経済科目に小学校段階からのカリキュラムが組み込まれており、高校では「お金の定義」から「保険」まで独立した項目として学習基準が定められています。

一方、日本では最近でこそ家庭科の授業で取り入れられるようになりましたが、それでもまだ十分とは言えません。子どもたちは、盾も剣も持たずに経済社会という戦場へ送り出されているようなものです。

「知らないだけで損をする」という残酷な現実

お金について語ることを卑しいとする古い風潮の裏で、知識のない若者がターゲットにされています。

私が大学生の頃に引っかかったような甘い儲け話、返済計画のないローン、そして巧妙な投資詐欺。これらは、正しい知識という守りがあれば防げたはずの悲劇です。

税金の仕組み、保険の選び方、複利の力……。知っているかいないか、ただそれだけの差で、人生の豊かさに数千万円単位の差がつくのが現実です。情報を持つ一部の人だけが守られ、知らない人が損をし続ける——そんな現状を、教育の力で変えたいという強い思いが、私の活動の根幹にあります。。

HORI塾+で実現したいこと

「HORI塾+」は、単に志望校に合格するための場所ではありません。私が人生をかけて作り上げたいのは、子どもたちが社会という荒波に放り出されたとき、「自分の力で舵(かじ)を取り、幸せを掴み取れるようになるための訓練場」です。

堀塾長
堀塾長

もちろん、志望校合格を目的としたコースも用意しています。

テストの点数ではなく「自立して生きる力」を育てる

テストで100点を取ることよりも、自分の給料でどう生活をやりくりし、手元のお金をどうやって守り、増やすかを知っていることの方が、長い人生においては遥かに重要です。

偏差値という物差しを一度脇に置き、「自立して生きる」ために不可欠な知恵を、真正面から伝えていきます。

生きた知識を届ける「体系的なカリキュラム」

私の金融教育は、単なる「投資の手法」ではありません。

「自分の価値をどう仕事に変えるか」「将来どんなキャリアを描きたいか」といった人生のトータルデザインを重視しています。

『アメリカの高校生が学んでいるお金の教科書』という有名な書籍などのエッセンスを取り入れ、机上の空論ではない、今の時代を生き抜くための「生きた知識」を提供しています。

「同じ思いをする子を減らしたい」という使命感

私がかつて大金を失ったときの絶望感、そして「知っていれば防げた」という後悔。それを今の子どもたちに味わわせたくはありません。

私の失敗談は、最高の反面教師です。泥臭い経験と必死の学びがあるからこそ、耳ざわりの良い理想論ではない、痛みに寄り添った教育ができると信じています。

まとめ|“教える側の物語”も金融教育の一部

金融教育において、何より大切なのは「信頼」です。

「誰が教えているのか」「どんな思いで伝えているのか」。その背景にある物語そのものが、お子さんや保護者の皆様に届くメッセージの重みを変えると、私は考えています。

私は、完璧な成功者ではありません。失敗し、迷い、学び直してきた一人の人間です。だからこそ、変化の激しい時代を生きるお子さんたちと一緒に、未来を切り拓く「パートナー」でいられるのだと自負しています。

「HORI塾+」という場を通じて、一人でも多くのお子さんが、お金の不安に振り回されず、自分の人生を誇りを持って歩んでいけるよう、これからも全力で伴走し続けます。