「みんなが大学に進学するから」——そんな空気に流されて進路を決めてしまう前に、一度立ち止まって考えたいテーマがあります。
高校卒業後にすぐ就職するという選択肢には、大学進学とは違ったお金の現実があります。高卒の初任給は大卒より低めで、生涯賃金にも差が出るとされる一方、大学4年間の学費がかからず、その分早くから収入を得られるというメリットもあります。進学しないと将来が不利になると単純に決めつけず、実際の数字を知った上で判断することが大切です。
高校卒業後に就職するという選択肢について、収入やキャリアの面から中立的な立場で整理します。読み終える頃には、進学と就職、それぞれの選択肢を公平に比較した上で、ご家庭にとって
高校卒業後に就職を選ぶのは負けなのか?進学しない選択肢の現実
「大学に行かないと、将来苦労するのでは」——多くの保護者が、こうした不安を抱えています。しかし、この不安は本当に、正確な現実に基づいたものでしょうか。まずは、進学しないという選択肢について、思い込みを一つずつ整理し、実際のデータで確認していきましょう。
大学に行かないと将来が不安という親の思い込みを整理する
「大学は出ておいたほうがいい」——この考え方自体は間違いではありませんが、大学に行かなければ将来が破綻するという極端な思い込みとは、分けて考える必要があります。ここでは、実際の進学率のデータで現実を確認していきましょう。
文部科学省の学校基本調査(令和7年度確定値)によれば、18歳人口に対する高等教育機関(大学・短期大学・高等専門学校4年生・専門学校)への進学率は85.4%と、依然として高い水準にありますが、裏を返せば、1割強の生徒は、進学以外の道を選んでいることになります。決して珍しい選択ではありません。
- 大学に行かない=将来の選択肢が閉ざされるという考え方は、必ずしも正確ではない
- 大学進学は一つの選択肢であって、唯一の正解ではないという前提を、親自身が持っておく
- 不安の正体が子どものためなのか世間体なのかを、一度冷静に切り分けて考えてみる
親の不安をそのまま子どもに押し付けるのではなく、まず親自身がなぜ不安に感じるのかを整理することが、冷静な進路選択の話し合いにつながります。
参考:令和7年度学校基本統計(学校基本調査の結果)確定値について
高卒就職者の割合と、実際にどんな業界・職種で働いているか
「高卒で就職すると、就職先が限られるのでは」——実際のデータを見ると、この不安は必ずしも正しくありません。ここでは、高卒者の就職状況を具体的な数字で確認していきましょう。
文部科学省・厚生労働省の調査によれば、令和7年3月の高校生の就職率は98.0%と、非常に高い水準を維持しています。就職先の業界は、製造業、建設業、卸売業・小売業、医療・福祉、運輸業など多岐にわたり、地域によっても傾向は異なります。特に製造業や建設業などの技能系職種では、高校で専門的な知識・技能を学んだ生徒が即戦力として評価されるケースも多く見られます。
- 高卒者の就職率は98%前後と高水準で、就職先が見つからないという心配は現実的にはあまり当てはまらない
- 工業高校・商業高校など専門学科の卒業生は、学んだ内容を活かせる業界への就職に強みを持つ
- 地域によって求人の傾向は異なるため、進路指導の先生や地域のハローワークで最新の求人状況を確認することが有効
高卒だから就職先が限られるというイメージだけで判断せず、実際にどんな業界・職種の求人があるのか、具体的な情報を集めてから判断することが大切です。
進学vs就職、子どもにとって本当に大切な判断基準とは
「進学と就職、どちらが正解か」という二択で考えるのではなく、子ども自身にとって、どちらがより力を発揮できる道かという視点で考えることが重要です。
- 子ども自身が、具体的にやりたい仕事や、身につけたい技能を持っているか
- その仕事に就くために、大学の専門知識が必要か、あるいは実務経験を積むほうが近道か
- みんなが大学に行くからではなく、子ども自身の意志で選んだ選択かどうか
将来の収入や生涯賃金という観点では、統計上、大卒と高卒の間に一定の差が見られるというデータもあります。しかし、収入だけがすべての判断基準ではなく、子どもが何にやりがいを感じ、どんな働き方を望んでいるかも、同じくらい重要な要素です。次の章では、実際の収入面のデータをより具体的に見ながら、両方の選択肢を公平に比較していきます。
参考:令和7年3月高等学校卒業の就職状況(令和7年3月末現在)に関する調査について:文部科学省
高校卒業後すぐ就職した場合の収入とキャリアはどうなる?
進学しない選択肢を検討する上で、避けて通れないのが収入面の現実です。ここでは、統計データをもとに、高卒就職の収入とキャリアの可能性を具体的に見ていきます。
高卒初任給の平均と、大卒との生涯賃金の差をデータで見る
厚生労働省の「令和6年賃金構造基本統計調査」によれば、大卒の初任給は約24万8,300円程度である一方、高卒の初任給は約19万7,500円程度とされ、大卒との差は月5万円ほどあります。ただし、高卒は大卒より4年早く社会に出て収入を得られるため、この4年分の収入は、大卒者にはないメリットとして考慮する必要があります。
生涯賃金で見ると、独立行政法人労働政策研究・研修機構「ユースフル労働統計」によれば、フルタイム正社員を60歳まで続けた場合の生涯賃金(退職金は含まない)は、高卒男性で約2億1,000万円、大卒男性で約2億6,000万円とされ、その差は約5,000万円にのぼるという試算もあります。
- 初任給は大卒のほうが高いが、高卒は4年早く収入を得られる
- 生涯賃金では、統計上は大卒のほうが高い傾向にあるとされている
- ただし、これはあくまで平均的な傾向であり、業種・職種・個人のキャリア次第で大きく変わる
差があるという事実と、その差が自分の子どもに当てはまるかは、別の問題であることを踏まえた上で、次に紹介する収入を伸ばす方法もあわせて検討することが大切です。
昇給・昇格・資格取得で収入を伸ばせる業種・職種はどこか
初任給の差=一生の差ではありません。高卒からでも、収入を伸ばしていける道は複数あります。
- 技能系の資格取得:電気工事士、溶接技能者、建築施工管理技士など、専門的な国家資格を取得することで、資格手当や昇給に直結するケースが多い
- 技能検定・社内資格制度の活用:製造業などでは、社内の技能検定に応じて昇給・昇格が明確に定められている企業も多い
- 早期の実務経験の積み重ね:大卒者が大学に在籍している間に実務経験を積めることは、高卒就職者ならではの強みになる
特に製造業・建設業などの技能系職種では、大卒・高卒の学歴差より、資格や実務経験による評価が重視される傾向があります。学歴で決まるという思い込みではなく、その業界・職種における実際の評価基準を、進路を検討する段階で調べておくことが重要です。
就職してからでも学び直せる?社会人入学・通信制大学という選択肢
高校卒業後に就職しても、大学に行く道が完全に閉ざされるわけではありません。これも、進路選択において知っておきたい重要なポイントです。
働きながら学べる通信制大学は、通学制の大学と比べて学費を大幅に抑えられるという特徴があります。国公立の通信制大学(放送大学)であれば4年間で約77万円、私立の通信制大学でも100万〜150万円程度が一般的な相場とされ、通学制大学の学費と比べて大幅に安く抑えられます。スクーリング(対面授業)が最小限で済む大学も多く、仕事を続けながら学位取得を目指すことができます。
- 通信制大学は、通学制に比べて学費が大幅に抑えられ、働きながら学べる
- 資格取得や専門知識の習得を目的に、社会人になってから入学を検討する人も多い
- 今は就職を選び、必要になったタイミングで学び直すという順序も、現実的な選択肢の一つ
大学に行くなら18歳のときという固定観念にとらわれず、必要になったタイミングで学び直せる制度があることを知っておくだけでも、進路選択の視野は大きく広がります。
参考:学費(授業料、入学料) | 大学(教養学部教養学科) | 放送大学
親が今から教えておきたい、就職後のお金の管理と資産形成の基本
高校卒業後に就職するという選択肢は、進学するケースに比べて、早い段階から自分の収入と向き合う経験ができるという特徴があります。この特徴を、資産形成の面でも前向きに活かしていきましょう。
10代・20代から始める貯金の習慣|手取りから逆算する家計の作り方
「初任給が入ったら、まず何をすればいいのか」——就職前に、この基本を親子で共有しておくことをおすすめします。ここでは、社会人1年目から意識したい家計管理の基本を紹介します。
給与の額面と、実際に振り込まれる手取りの金額には差があります。税金や社会保険料が差し引かれるため、手取り額は額面のおおよそ8割程度になるのが一般的です。この手取り額をもとに、家計を組み立てていく必要があります。
- 手取り収入から、まず一定額を貯蓄に回す先取り貯蓄の仕組みを最初から作っておく
- 家賃・食費・通信費など、固定費の割合を早い段階で把握しておく
- 余ったら貯金ではなく先に貯金してから残りで生活するという順序を、社会人1年目から習慣にする
高卒で就職する場合、大卒者より4年早く自分の収入で生活する経験を積めるというメリットがあります。この4年間で家計管理の習慣を早く身につけられれば、将来の資産形成において大きなアドバンテージになります。
社会保険・税金の仕組みを高校生のうちに親子で理解する
「給料から、こんなに引かれるなんて知らなかった」——これは、初めて給与明細を見た新社会人の多くが感じることです。ここでは、給与から差し引かれる主な項目を確認しておきましょう。
給与から差し引かれる主な項目には、所得税・住民税といった税金と、健康保険・厚生年金・雇用保険といった社会保険料があります。これらは、会社員であれば給与から自動的に天引きされる仕組みになっており、この基本的な仕組みを知っているかどうかで、初めての給与明細を見たときの受け止め方が変わります。
- 所得税・住民税:収入に応じて課される税金。住民税は、就職した翌年度から本格的に天引きが始まる点に注意
- 健康保険・厚生年金:会社と従業員が折半で負担する社会保険料で、将来の年金受給にもつながる
- 雇用保険:失業した場合の給付などに備える保険料
特に住民税は、就職した1年目ではなく2年目から本格的に天引きが始まるため、2年目になって急に手取りが減ったと感じるケースがよくあります。この仕組みをあらかじめ知っておくだけで、無用な戸惑いを避けられます。
早く働き始めるメリットを活かす|20代からの長期投資・NISA活用術
大学生活の4年間がない分、その時間を資産形成に充てられます。これは、高卒で就職する場合ならではの強みです。
投資の世界では、運用期間が長いほど、複利の効果を活かしやすいという特性があります。18歳から新NISAのつみたて投資枠を活用できる場合、大卒で就職する22歳の人より、4年早く積立を始められることになります。この4年の差は、長期的に見ると資産形成において意味のある差になり得ます。
- 早い段階から少額でも積立を始めることで、時間を味方につけられる
- 収入が少ないから投資は無理ではなく、無理のない金額から始めることを検討する
- 新NISAは元本保証がないため、生活費とは別に、余裕資金の範囲で行うことが基本
もちろん、投資は元本割れのリスクを伴うものであり、必ず利益が出るわけではありません。まずは先取り貯蓄で生活の土台を固めた上で、余裕資金の範囲で長期投資を検討するという順序を、高校生のうちから親子で共有しておくことが、将来の資産形成の土台になります。
※本記事は特定の金融商品の購入を推奨するものではありません。制度の詳細は金融庁の公式サイトでもご確認いただけます。最終的な判断は、ファイナンシャルプランナーなど専門家にもご相談ください。
子どもの就職したいという意思を正しくサポートするために親ができること
「進学せずに就職したい」——子どもからこう伝えられたとき、感情的に反対する前に、親としてできることがあります。最後に、就職という選択を前向きにサポートするための、具体的な視点を紹介します。
感情的に反対する前に|就職希望の子どもと一緒に確認すべき3つのこと
「本当にそれでいいの?」——この一言だけで終わらせず、子どもの意思を尊重しながら、一緒に確認しておきたいことがあります。
- なぜ就職したいのか、理由を具体的に聞く:早く自立したい、学びたい分野が実務経験で身につくなど、理由によってサポートの仕方も変わる
- 進学せずに就職することへの理解が、正しい情報に基づいているか確認する:この記事で紹介したような収入面の現実や、学び直しの選択肢についても、あわせて共有する
- 就職後の生活設計(一人暮らしか実家暮らしか、資格取得の予定など)を、具体的にイメージできているか確認する
感情的に「進学しなさい」と押し付けるのではなく、子ども自身が正しい情報をもとに判断できているかを、一緒に確認するプロセスを大切にしましょう。この対話を経た上での決断であれば、たとえ親の当初の希望と違っていても、納得感を持ってサポートしやすくなります。
高卒採用に強い企業・業界の探し方と、ブラック企業を見分けるポイント
「せっかく就職するなら、長く安心して働ける会社を選んでほしい」——この願いを叶えるために、いくつかの確認ポイントがあります。
若者雇用促進法では、新卒者などを採用する企業に対し、求職者から求めがあった場合、離職率や平均勤続年数、研修の有無といった職場情報を提供することが義務付けられています。この情報を、就職先を選ぶ際の判断材料として積極的に活用しましょう。
- ユースエール認定企業を確認する:若者の採用・育成に積極的で、直近3年間の新卒者の離職率が20%以下など、一定の基準を満たした企業を厚生労働大臣が認定する制度。認定企業はハローワークなどで重点的に紹介されている
- 職場情報の開示を求める:離職率、平均勤続年数、研修制度の有無などを、選考の過程で確認する
- 求人票と実際の労働条件に食い違いがないか確認する:以前の記事でも紹介したとおり、労働条件通知書の内容と実態にギャップがないか、内定後も確認する
学校の進路指導の先生やハローワークの高卒者向け窓口も、こうした企業情報の確認をサポートしてくれる心強い相談先です。
奨学金・教育ローンを借りずに済む選択肢として就職を前向きに捉える視点
進学は前向き、就職は消極的な選択というイメージを、一度見直してみましょう。
これまでの記事で紹介してきたとおり、大学進学には数百万円規模の学費と、多くの場合、奨学金という将来の返済負担が伴います。高校卒業後すぐに就職するという選択は、この借入をせずに、早い段階から収入を得られるという、経済的に見て前向きな側面を持っています。
- 奨学金の返済という将来の負担を抱えずに、社会人としてのキャリアをスタートできる
- 進学者より4年早く収入を得られるため、その分を貯蓄や資格取得の費用に充てられる
- 借金をしてまで進学する道と借金をせずに早く自立する道、どちらにも合理性がある
進学と就職、どちらが正解ということはありません。それぞれの選択に伴う経済的な現実を正確に理解した上で、子ども自身の意思を尊重してサポートすることこそが、親としてできる大切な役割です。
参考:ユースエール認定企業一覧
まとめ:大切なのは収入とお金の使い方を親子で学ぶこと
高校卒業後に就職するという選択は、決して進学できなかった消極的な道ではありません。高卒の就職率は98%前後と高水準にあり、資格取得や実務経験によって収入を伸ばしていける道も複数あります。統計上は大卒との間に初任給や生涯賃金の差が見られますが、これは平均的な傾向にすぎません。
大切なのは、進学か就職かという二択そのものよりも、どちらを選んでも収入をどう管理し、将来に活かすかという視点です。高卒は大卒より4年早く自分の収入で生活する経験を積めます。この強みを活かし、先取り貯蓄や社会保険の理解、無理のない長期投資を早くから親子で学んでおくことが、子どもの将来の安定につながります。




